バイオリズムの歴史

バイオリズムの発見から実用化まで

20世紀のはじめ、ほぼ同時期に、ウィーン大学の心理学教授、 H・スウォボタ博士 とドイツ科学アカデミー会長、 W・フリース医師 は、患者の容態の変化に周期性があることに気付き、23日周期の身体リズムと、28日周期の感情リズムを発見した。

1920年になってオーストリアの工学博士、A・テルチャーが多数の学生の成績の変化の周期性から、33日周期の知性リズムを発見した。

同じ頃、スイスの数学者、ハンス・R・フリューは、バイオリズムの数学に興味を持ち、自分の研究を促進するために、ジェッドがてがけた計算表を完全なものにした。後に彼は、計算表を組み込んだ手動式計算器を開発した。今日、入手可能なバイオリズム計算器、計算用具、作図用具の基礎は、確認し得る限り、スゥォボダの計算尺とジェッド、フリューの考案した計算表に基づいている。(バイオリズム協会は、フリューとの直接契約によってこの計算表の独占的使用権を有している。)

こうして複雑なバイオリズムの計算が可能になると、多くの医師や技術者達が、研究を始め、交通機関や安全技術者達が事故の分析と予防に、バイオリズムの学問を導入しはじめた。

1939年、スイス国立工科大学の学生だった、ハンス・シュヴイングは、バイオリズム計算と事故および死亡統計とを関連づける研究の論文形式の報告を行った。この事故分析の記録は、当時、最も正確に記録されたものの一つであり、彼は、この研究によって自然科学の博士号を手にしている。

スゥォボダフリース の発見を基礎に、事故統計に応用されたバイオリズム数学の分野におけるこれ以後の研究調査は、ドイツ・スイスで発表された無数の記事やレポートに記載されている。しかしながら、記録文書の原本のほとんどが旧東ドイツで発行されていたため、これらの入手は、ほとんど不可能であった。

困難な情報入手にもかかわらず、ヨーロッパを中心に広まったバイオリズムの学問は、アメリカでも研究され、安全に関する重要な研究が行われている。これらの研究記録・文献・レポートを集大成し、出版された ジョージ・トーメン の『BIORHYTHM: IS THIS YOUR DAY?』は、翻訳家、 白井勇治郎によって今日の日本におけるバイオリズムの原点となっている。

1978年日本において、バイオリズム専用出力機、BIOCOMが発表される。日本バイオリズム協会創立者、 白井勇治郎 によって考案されたBIOCOMは、世界で始めて実用化された、バイオリズムカレンダー出力機であった。

その後バイオリズムを知る為のいろいろな商品が考案され、主に保険会社によって普及される。また、BIOCOM-600は、ゲームセンターやイベントなどで大いに活用されてきた。これらのバイオリズム商品の実用化は、日本が先駆者になり積極的に開発されている。

そして、1996年、奇しくもバイオリズム発見からちょうど100年にあたるこの年に、 白井勇治郎 の後継会社、株式会社国際バイオリズム協会によってBIOCOM-4000が開発・発表された。 BIOCOM-4000のアドバイスは、バイオリズムの応用を集大成した ジョージ・トーメン白井勇治郎・株式会社国際バイオリズム協会の共著のものになっている。 BIOCOM-4000は、株式会社国際バイオリズム協会より販売されている。

ヘルマン・スゥオボタ博士  (1973-1963)
ヘルマン・スゥオボタ博士

ウィーン大学心理学教授。心理学及び生命のリズムに関する研究に対し、ウィーン市より特別名誉勲章を授与。1951年ウィーン大学より名誉学位を贈与される。
 1897年のジョン・ベアード著書 『妊娠機関と出産のサイクル』、ウイルヘルム・フリースの 『人間が両性因子を有する事についての論文』などに感銘し、生命・運命・精神などの研究に没頭。1897年から1902年にかけての虫にかまれた時に経験する痛みと筋肉のはれの繰り返しを記録。又、発熱や心臓発作に周期性があることを発見、それが、人間におけるある基本的なリズム、一つは23日周期、もう一つは28日周期であることの発見に導いた。幾世代にもわたる出生の周期的な繰り返しを、23日と28日周期によって数学的に解析し、数百家族に及ぶ記録を集大成して、『生涯における最も重要な出来事、――出生・発病・心臓発作・死亡――などが、周期的な日におき、家族関係に関連がある』、という事を立証しようとした。 ウィーン大学に保管されてあった、彼の研究記録(トランク8個分)は、1945年、ソ連のウィーン占領時代に、ソ連軍によって没収されてしまった。 この損失は、彼にとって手痛い打撃であった.....

著書
人間の生命の周期性(Die Perioden des Menschlichen Ledens)
心理学の基礎に関する研究(Studien zur Grundlegung der Psychologie)
人間の要注意日(Die Kritischen Tage des Menschen)

ウィルヘルム フリース博士 (1859-1928)
ウィルヘルム フリース博士

ドイツ、ベルリンの開業医。耳鼻咽喉科の医者。1910年ドイツ科学アカデミーの会長に就任。 ジグムント・フロイトの主治医で2回の手術を行っていることは有名。愛煙家のフロイトに対して、過度の喫煙が及ぼす口頭癌の危険性について強く警告している。そして、フロイトが亡くなった時、口頭癌による死亡と報じられたのである。
 彼は、医者であることから、患者の発熱や発作の周期を膨大なデータにまとめ、さらに、この自然の不思議な現象・摂理を科学的な見地から数学的な論理に導き、これらの結論を広く容認させようと試みた。数学を、人間と医学の領域に適用することによって、大胆で独創的な、そして最も重要な『正当』と思われる概念に到達したのである。しかしながら、彼の膨大な刊行物、数表・チャート紙・計算・そして証明は、一般の人々ばかりでなく、説得しようとした『医を業とする人達』をもうんざりさせてしまった。彼は、自分の考えを効果的に伝える事ができなかった為、彼を批評する科学者や生物学者のような名声はついに得られなかった。ところが、当時の科学者達は、彼の数学的計算に反証を挙げる事は、誰ひとりとしてできなかったのである。 彼の研究成果をうらずける資料や記録は、第2次世界大戦中にほとんどなくなってしまったことが判明している。

著書
生命の推移(Der Ablauf Des Lebens)
生と死と(Vom Lebenund Vom Tod)
生けるものにおける年(Das Jahr im Lebendigen)
周期性理論(Zur Periodenlehre)
生命における周期性(Der Rhythmus im Lebendigen)
空間における年(Das Jahr im Raum)

ジョージ・S・トーメン
ジョージ・S・トーメン

スイスのバーゼルに生まれる。海運会社を経て、1929年アメリカの市民権を獲得。世界銀行商会の翻訳者として、アメリカとヨーロッパの国々を接触させ、東京とロンドンの外国人の代理人にもなっている。1946年ニューヨークで彼自身の輸入貿易商社を設立し、度々のスイス訪問期間中、彼は医学博士や安全指導者によるバイオリズム論の使用に気付いた。初めは懐疑的であった彼も、ドイツやオーストリア・スイスで出版された本や医学報告書を数年かかって研究した結果、1959年ついに彼はバイオリズム論の正当さを確信した。そして、世界中のバイオリズムに関する文献・資料を集め、分析し、その効用や活用において具体的に調査し、今日のバイオリズムの応用を構築した。バイオリズム分析表は、彼の研究の集大成である。彼は、多くのラジオ放送局やテレビ局で会見され、安全大会・社交クラブで講演を行った。彼の最大の満足は、人々が、彼の研究に示す、安全への関心を増すことにあった。
バイオリズムの集約本『BIORHYTHM: IS THIS YOUR DAY?』は、100万部を超えるベストセラーとなっている。我が国におけるバイオリズムに関する出版物・著作物は、ほとんどが彼の文献・資料等に基づくものである。

著書
『IS THIS YOUR DAY?』

白井 勇治郎  (1914~1996)
白井 勇治郎

我が国初のバイオリズム研究家。本業は翻訳家。ドイツ語・ロシア語・英語に精通。自称、発明家。(特許を取り損ねた発明の痕跡が、数多く特許庁に残されている。つまり、出願した発明は数多いが実用迄には至らなかった.......。
しかしながら、彼が発見し、後年実用化されているものは、実は数点あるのです 。バイオリズム専用出力機BIOCOM(ドイツにて特許取得)の発明。バイオリズム早見表、バイオメイトなどの考案・実用化を手掛ける。
 昭和7年、東京外国語学校(現東京外国語大学)ロシア語科を卒業、陸軍参謀本部に勤務。第一火災海上保険を創立、東京スポーツ新聞社社主などを歴任。
昭和41年、日本バイオリズム協会を創立。ジョージ・トーメン氏の『IS THIS YOUR DAY?』の翻訳本『バイオリズムの基礎』を箸訳。日本におけるバイオリズムの応用を、研究・発表した。特に全国の警察署を渡り歩き収集した、交通事故とバイオリズムの関連性についての事故分析データは、我が国にバイオリズムを広めるきっかけとなった。彼の収集した分析結果は、各国のバイオリズム研究家によって翻訳され、世界中に発表されている。また、交通安全協会の管理者講習会などにおいて、バイオリズムの計算方法や表示・分析法を交通事故防止の為に役立つよう、全国で講演し啓蒙・啓発に勤めた。
 昭和45年(約25年前)、バイオリズムに関する出版物において、著作権侵害の係争を起こし、勝訴している。著作権争いによるこの判例は、当時としてはまだ珍しく、多いに世論を沸き起こしたものである。今でこそ知的所有権については、やかましく論ぜられているが、当時の彼の行動は著作権保護に係わる社会通念に殴り込みをかけたものであった。
 昭和57年、病の為、現役を引退。病床の中でも彼は、馬と人間(騎手)のバイオリズム!?の研究に没頭するなど、生涯をバイオリズムの研究と普及に力を注いだ。平成8年10月21日肺ガンの為、死去。遺体を自ら検体するなど、彼の科学や医学に対する探究心・旺盛な研究心には脱帽する思いである。平成10年2月に肺ガンの為亡くなった、学習院大学名誉教授・白井健三郎氏は、彼の弟である。

著書
『バイオリズムの基礎』ジョージ・トーメン氏の『IS THIS YOUR DAY?』の翻訳書
『バイオリズム』・『自分のバイオリズム入門』